安倍昭恵のスマイルトーク

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2008年05月27日(火曜日) 17時44分

[カテゴリー:外遊]

コロンビア

ウリベ大統領(右)と

ウリベ大統領(右)と

初めての南米、コロンビア。成田からまずシカゴへ・・・乗り換えてアトランタ、そしてコロンビアの首都ボゴタに到着したのは、日本を出発してから約22時間後でした。到着した日はそのままホテルで休み、次の日の朝大統領官邸に伺いました。小柄で真面目そうなウリベ大統領は2002年に就任以来コロンビアを改革する為に戦い続け、今も80%という驚異的な支持率を保っているそうです。日本側の話を聞いた後、大きなコロンビアの地図を持って来られ、自ら定規で地図を指しながらコロンビアの国について説明を始められました。ご自身のお父様も左翼ゲリラに殺されているとのこと。穏やかそうに見える外見の奥に命がけの気迫を感じました。同席されていた外務大臣もジョギング中にやはり同じゲリラ勢力に誘拐され、なんと6年もの間拘束され山の中を転々としていたそうです。その後自力で脱出してきたという強靭な精神力の持ち主は大統領と同じく大変真面目な方でした。ウリベ政権の努力によりコロンビアは美しく、安全で豊かな国に変りつつあります。今後多くの日本人に目を向けてもらいたいと思います。

和太鼓演奏

和太鼓演奏

今年は日本とコロンビアの外交樹立100周年。その記念晩餐会に出席する為、今回コロンビアに行きました。現在コロンビア外務省になっている通称「サン・カルロス宮殿」の玄関ホールにて、まずは日本人学校の生徒達による和太鼓の演奏。はっぴ姿でぴったり合ったばちさばきにコロンビア人のゲストからも大きな拍手が・・・。私も日本から遠く離れた国で頑張っている子ども達の姿に感動しました。その後ボリバールの間において晩餐会。和やかで暖かい雰囲気に包まれた会でした。

竹内悠先生ご夫妻

竹内悠先生ご夫妻

この度日本、コロンビア両国から勲章を授与された竹内悠先生、そしてロドリゴ・リンセ・テノーリオ氏。昭和34年、当時筑波大学の助教授であった竹内先生は「学術・文化交流プログラム」でコロンビアに渡ります。許可が出たのが申請を出して2年以上もたってからとのこと。先生は行く気がなくなっていたそうですが、うそつきと思われては日本人としての沽券にかかわると思い2年のつもりで出発・・・それがコロンビアでの生活約50年。運命の不思議を感じます。

ロドリゴ・リんセ・テノーリオご夫妻

ロドリゴ・リんセ・テノーリオご夫妻

なぜ日本にお帰りにならなかったのかという私の質問に、「気分が良かったから」と豪快に笑っておられました。儀礼的なわずらわしさがなく伸び伸びできたことが良かったそうですが、50年近くの間にはご苦労も多かったことでしょう。数学者としてコロンビアでの数学教育に多大なる貢献をされてこられた竹内先生。まだまだお元気でご活躍頂きたいと思います。

ロドリゴ・リンセ・テノーリオ氏は農牧組合長として日系社会の発展に努めて頂き、現在は名誉総領事となり日本とコロンビアの友好のため尽力しておられます。物静かで穏やかなご夫妻でした。

お二人のお祝いの席に何人かの日系人の方々が代表して来られていました。遠い遠い異国の地でどれ程大変な思いをされてこられたのだろうと想像するだけで胸が痛くなるような思いでしたが、苦労話はされず、皆さん明るくこれから何をしていったら良いかという前向きの話をされていたのが印象的でした。もし自分が同じ立場だったら・・・ここぞとばかりに自分のつらかった経験や、日本政府への文句を言うかもしれません・・・・・・。

海外青年協力隊の渡邊さん(左)井上さん(右)

海外青年協力隊の渡邊さん(左)井上さん(右)

お昼はカサ・ビエハというコロンビア料理のレストラン。日本企業の方々との懇談をしました。会長の三井物産小野寺社長をはじめ三菱商事、住友商事、伊藤忠、NEC、日野自動車、そしてJICAとJETRO等ボゴタ駐在の日本人の会、「木曜会」の皆さんです。場所柄日本人同士協力し合うことも多く、日頃から親しいお付き合いをされておられるからだと思いますが、とても和気藹々とした楽しい会でした。女性参加者は海外青年協力隊の二人。渡邊さんと井上さん。ストリートチルドレンの為の施設で子ども達と遊んだり、折り紙や絨毯作りなどを教えているそうです。子どもと遊ぶのは楽しいけれど、現地の先生と教育についての考え方等が違うことが大変ですと明るく話してくれた井上さん。日本に帰ったら自分の体験を日本の子ども達に話してほしいと思います。

首都ボゴダから車で約1時間ほどの美しい郊外にあるフロールエバーハウスを訪ねました。ここは親のいない子ども達のための施設です。2003年から始まり今年6回目を迎えたフロールエバープリザーブドフラワーコンテスト。私は昨年第5回の審査員を務めさせて頂き、その際にフロールエバーハウスにパソコンを寄付しました。今回は私の希望で訪問が実現。最初は緊張気味に興味津々の子ども達。折り紙を折って見せてくれたり、カメラの前でポーズを決めてみたり・・・段々と打ち解けてごらんの通りの笑顔です。子ども達はここから学校に通い、ここでパソコンの使い方やパンの作り方を習い社会に出て行く準備をします。15~6人の定員ということで、とてもアットホームで美しい環境の中にあるフロールエバーハウス。また立派に成長した彼らとどこかで出会いたい・・・と思いました。

この記事、終わり。

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2007年06月12日(火曜日) 22時01分

[カテゴリー:外遊]

G8サミット

真ん中の赤い屋根が会議の場所

真ん中の赤い屋根が会議の場所

6月6日から8日までドイツで行われたG8サミット。会場となったハイリゲンダムはバルト海に面した古くからの保養地で、豊かな自然に囲まれた美しい所です。
最初の行事はメルケルご夫妻主催の夕食会。ハイリゲンダムから約20キロの場所に位置するホーエン・ルコウ領主館にヘリコプターで移動です。眼下に広がる牧草地の風景はとてものどかで、私の緊張感をほぐしてくれました。会場ではバルコニーにて食前酒を飲みながらしばしの歓談後、2階の広間に移って夕食会です。私の隣はカナダのハーパー首相とフランスのサルコジ大統領夫人。緊張の中にも楽しいひと時を過ごすことができました。

ヘリコプターはほぼ同時に移動していきます

ヘリコプターはほぼ同時に移動していきます

二日目は夫人プログラム。最初の会場、ホーエン・デムツィン市のシュリッツ城までヘリコプターで移動。私はカナダのハーパー首相夫人と一緒でした。メルケル首相のご主人であるザウアー教授主催の夫人プログラムは人口動態に関する講義から始まりました。講義をされたマックスプランク人口問題研究所のファウペル教授は、その後の昼食会の席でお隣だったので色々お話を伺うことができました。伝染病対策等医療の充実によって、平均寿命が急速に延びた日本は素晴らしいと高い評価をされていたので嬉しく思いました。

ヴィスマールの町並み

ヴィスマールの町並み

昼食後はまたヘリコプターに乗って、ヴィスマールへ移動。ヴィスマールではG8各国代表の青少年(13?17歳の8名)がアフリカ、HIV・エイズ、知的財産権、環境などについて話し合う〈J8〉が全7日間の日程で開催されていました。日本からは広尾学園の生徒(男子2名、女子6名)が18チームの応募の中から選ばれて参加。約1時間、私も日本チームの輪の中に入れてもらいました。船の中での生活、慣れない食事、激しい意見交換・・・。話を聞くと苦労も多かったようですが、貴重な体験の中で多くのものを吸収した彼らの目は輝いていました。日本人は意見を言うのが苦手だと痛感した彼らの将来に期待したいと思います。
ヴィスマールは世界文化遺産に登録されています。カラフルでありながら統一感のある美しい古い町並みをゆっくりと歩きながら市庁舎へ。町の方々から歓迎して頂きました。
夕食会場は昔ワインを造っていたというレストラン。夕食後は再びヘリコプターでハイリゲンダムに戻りました。既に時間は10時近かったと思いますがヘリコプターの中から見た海に沈んでいく真っ赤な太陽。一日の疲れが吹き飛ぶような夕陽の美しさに、思わず歓声を上げていました。ホテルに戻って着替えてから首脳達の集まっている食後酒会場へ。長い一日でした。

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2007年05月09日(水曜日) 22時51分

[カテゴリー:外遊]

お土産

4月26日から5月3日までの外遊の最初の国はアメリカ。ローラ夫人とはすでにベトナムで昼食をご一緒してその素晴らしいお人柄に触れていたので、再会が楽しみでした。お土産は
愛犬の物が良いのではないかと考え、クッション等を持って行きました。一部報道では私の手作りクッションということになっていましたが、実は友人に頼んで作ってもらったもの。ブッシュ大統領ご夫妻も大変喜んで下さり、私も嬉しかったです。
初めてのホワイトハウス・・・最初は緊張していた私も、きめ細やかな温かいおもてなしにすっかり楽ませて頂きました。

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2007年01月25日(木曜日) 21時05分

[カテゴリー:外遊]

ラルシュ・ブリュッセル

キャンドル 色も形も様々

キャンドル 色も形も様々

ベルギーでラルシュ・ブリュッセルという知的障害者のための施設に行きました。そこではキャンドルを作ったり、木工作業をしたり、料理をしたり、絵を描いたり・・・ボランティアの協力の下、社会性を身につけるためのサポートが行われています。そこで作られた物は売られているそうですが、「障害のある人が作ったから買ってもらうのではなく、”本当に美しいからほしい”と思ってもらえるような物を作っていきたい」という言葉は胸に響きました。
私もキャンドルをいくつか買いました。お金を払おうとすると施設の方がお土産に差し上げますと言って下さいましたが、作っている方達からお金を払って下さいと言われました。勿論元々買うつもりでしたが、ひとつひとつ一生懸命に作った大事な商品。簡単にあげてもらっては困りますよね。

木工作業所にいた彼は大歓迎してくれましたがあまりにもしゃべり過ぎて職員の人に注意されてしまいました。私の訪問を心から喜んでくれたようで、その純粋な気持ちに私も嬉しくなりました。彼らの作っていた小さな椅子や小箱はとても繊細な美しいものです。

右端が作業を指導する先生

右端が作業を指導する先生


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2007年01月17日(水曜日) 18時47分

[カテゴリー:外遊]

セブ島(1)

フィリピンのセブ島ではストリートチルドレンの施設、修道院、小学校を訪問しました。

パリアン・ストリートチルドレン保護施設はセブ市長夫人が中心となって支援している施設。コンピューター室や音楽室等もあり設備は整っているように見えました。しかしここで生活する子ども達は毛布や枕を使うことがなく、木のベッドの上にそのまま寝ているそうです。彼らにとってはその方が寝心地が良いとのこと・・・。この施設に入るまではどんな所で寝ていたのでしょう。一生懸命練習したという手話をつけた歌を披露してくれました。

小学校時代の恩師、シスター広戸に本当に久しぶりにお目にかかることができました。それもセブ島で・・・。シスターは日本に於いても自らが出向いて行って献身的なボランティア活動をされることで、多くの方から尊敬されています。二度の癌を克服され、今は祈ることが仕事と笑っておられましたが、フィリピンでも他のシスター方の中心的存在として信頼されている様子・・・短い時間の中でも良くわかりました。
シスターは何度も「お祈りしているわよ」と言って下さいました。祈りの力は想像以上に大きなもの・・・。シスターのお祈りは私にとって本当に心強く、励まされています。
シスターにお祈りして頂く分、私も人のためにお祈りしたいと思います。
シスターとの再会で私は泣き虫だった小学生の頃に戻ってしまったようでした。



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プロフィール

安倍 昭恵

安倍 昭恵

元総理大臣「安倍晋三」の妻。1987年、職場の上司の紹介で安倍晋太郎元外相(故人)の秘書を務めていた安倍晋三と結婚。

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